1.認知症の相続人は相続放棄できないか?
遺産分割協議を行う場合、相続人の中に認知症の方がいれば、成年後見人の選任が必要になります。
判断能力がないため、有効な遺産分割協議ができないからです。
では、相続放棄の場合はどうか。
被相続人が多額の借金を残して死亡した場合、相続放棄を選択することが多いと思います。
そして、放棄しようとしている相続人が認知症を患っている場合。
この場合も、遺産分割協議と同様に、成年後見人を選任する必要があります。
相続放棄も法律行為であるため、相続放棄をすることによって、どのような結果を伴うのかを理解して、自らで判断しなければなりません。
しかし、判断能力がないのであれば、そのようなことを望むことはできません。そのために成年後見人が必要になってきます。
選任された成年後見人が、本人を代理して、相続放棄を行うことになります。
2.字が書けない場合は?
まれに、「字が書けないから相続放棄ができないのか」というご質問を受けることがありますが、字が書けなくても判断能力が備わっている限り、成年後見人を選任することなく相続放棄ができます。
判断能力はあるがケガや病気などで字が書けないのと、判断能力がなくて書けないのでは、書けないことは共通していてもその意味合いがまったく異なります。
重要なのは、相続放棄の意味やその効果を理解しているかどうかなのです。
したがって、判断能力はあるけど字が書けないケースでは、代筆で対応可能です。
3.いつから3か月?
相続放棄には3か月内に申立てしなければなりません。これを熟慮期間といいます。
3か月のスタート時点は、基本的に相続開始を知ってからとなりますが、成年後見人を選任した場合は、その成年後見人が相続開始を知った時からになります。
そのため、成年後見人選任申立てをしている間に相続開始から3か月が経過したとしても、成年後見人が相続開始を知ってから3か月内であれば相続放棄ができます。
なお、成年後見人に選任される前から相続開始を知っていた場合。
たとえば、亡父親の相続放棄をする場合、母親が認知症なため子が成年後見人になったとします。
当然、子は成年後見人に選任される前から相続があったことを知っています。
しかし、あくまで成年後見人としての立場の者が相続開始を知ってからが熟慮期間のスタートになります。
子は、父親が死亡した時点では母親の成年後見人ではありません。
成年後見人に選任されてから3か月内であれば、母親は子が代理することによって相続放棄をすることができます(ただし、この場合には別途、後述の問題があります)。
4.成年後見人も相続人の場合
前述のとおり、認知症の相続人が相続放棄をするには成年後見人を選任すればよい。
しかし、成年後見人として選任された者が共同相続人でもある場合、その成年後見人は被後見人を代理して相続放棄ができません。
なぜなら、成年後見人と被後見人は利益相反関係にあたるからです。
被後見人だけが相続放棄すると成年後見人の相続分が増えることになります。
ここで、利害の衝突が生じます。
成年後見人が自分だけの利益を考えて、被後見人だけ相続放棄をしてしまうおそれがあるため、有効に代理ができないようにするのです。
この場合、
◆成年後見監督人が選任されていれば、その監督人が被後見人を代理
◆後見監督人が選任されていなければ、特別代理人を別途、選任してその者が被後見人を代理
することになります。
5.利益相反とならなければ
利益相反する場合は、前述のとおりですが、次のような場合であれば成年後見人は問題なく代理できます。
・成年後見人が先に相続放棄をしている
・成年後見人と被後見人が同時に相続放棄をする
これらの場合であれば、成年後見人もはじめから相続人とはならないので、相続分が増えるなどの利益衝突の問題は起きません(そもそも相続放棄をするような場面では通常、子も相続放棄をするケースが多いため、利益相反関係になることはそれほどありません)。
なお、成年後見人と被後見人が遺産分割協議の当事者である場合にも利益相反の問題が出てきます。詳しくは<後見人と被後見人の遺産分割協議>
6.まとめ
被相続人が多額の借金を残して死亡した場合、通常は相続放棄を選択するでしょう。
しかし、相続人の中に認知症の方がいる場合、その相続人は相続放棄できません。判断能力がないからです。
そのため、成年後見人を選任し、その者が代理して相続放棄をします。
ただし、成年後見人も共同相続人である場合は、利益相反の問題がありますので、一連の手続きの詳細は専門家に相談することをオススメします。