後見人と被後見人の遺産分割協議

事例

父Aが亡くなり、相続人は母B、長男C、次男D
Aの遺産について相続人全員で遺産分割協議を行いたいが、Bが認知症を患い、判断能力を欠いているため協議ができない。

また、Aが死亡したため、このまま認知症のBが1人で自宅で生活することになる。

C、Dも遠方に居住しており、Bの面倒を定期的にみることは難しいため介護施設、特別養護老人ホームなどへの入所も視野にいれている。

1.後見人と被後見人が共同相続人の場合

「遺産分割協議をやりたいが、相続人の1人が認知症だけどどうすればよい?」

後見制度を利用する動機として、遺産分割協議を目的とするケースが比較的あります。

Bは認知症を患い、意思能力、判断能力がないので、有効に遺産分割協議を行うことができません。

そのため、有効に遺産分割協議を行うために、Bの法定代理人として成年後見人を選任する必要があります。

詳しくは<親が認知症になったら?成年後見人の申立て方法>

 

そして、選任された後見人がBを代理して協議を行います。

なお、間違っても相続人が勝手に親の印鑑カードを使って印鑑証明書を取得し、遺産分割協議書に実印を押すことはやめておくことです。

遺産分割協議が無効になるのは当然として、有印私文書偽造にあたり刑事罰を科せられるおそれもあります。

事例のケースでは、長男Cを後見人候補者として家庭裁判所に申立て、そのとおりCが選任されたとします。

しかし、今回の遺産分割協議においてはCはBを代理できません。

せっかく後見人を選任したのになぜ代理できないのかというと、事例ではCもAの相続人、BとCは共同相続人の関係なのです。

事例の場合は、そこが問題となってきます。

2.特別代理人選任が必要

この場合、BとCの利益が衝突する関係(利益相反関係)にあたります。

Cは成年後見人の立場として、また、自らも相続人の立場として遺産分割協議に参加しますが、「成年後見人であるCが、Bの財産を守れる役割を担えるのか」という問題があります。

Cとしては公平な協議を行ったとしても(もしくは実際にそうしたとしても)、客観的には公平な協議が期待できない、公平とはいえない、と判断されます。

では、Bの取り分を増やすような協議内容であったなら。

Bが利益を得るのであれば、有効に代理できそうに感じますが、前述のとおり共同相続人という状態を客観的にみます。

共同相続人であるという事実を客観的にみる以上、協議内容にかかわらず(それが、たとえBの取り分を増やすような協議であったとしても)利益相反関係にあたり、成年後見人は代理できません。

この場合、家庭裁判所に後見人の申立てとは別に、利益相反を理由として特別代理人選任の申立てを行う必要があります。

選任された特別代理人がBを代理して遺産分割協議を行います。

なお、この特別代理人選任するケースとしては、親権者と未成年者が共同相続人の場合の遺産分割協議のケースでも問題になります。

詳しくは<相続人の中に未成年者がいる場合の遺産分割協議は?>

 

3.後見監督人がいる場合

後見人を監督する者、「後見監督人」が選任されている場合は、その者が後見人Cの代わりにBを代理することになります。

したがって、特別代理人の選任は不要です。

4.遺産分割協議

特別代理人が選任されたあとは、その特別代理人とC、Dの3人で協議を行います。

不在者財産管理人のように遺産分割協議を行うために権限外行為許可の審判を得る必要はありません。

 

詳しくは<相続人の中に行方不明者がいると遺産分割協議ができない?>

 

なぜなら、特別代理人はそもそも遺産分割協議に参加することを前提に選任されているからです。

一方、不在者財産管理人は、もともと遺産分割協議をはじめとした「処分行為」を行う権限がないため、別途、権限外行為許可の審判が必要になるのです。

特別代理人は、被後見人に不利になるような遺産分割協議(被後見人の法定相続分を下回るような内容)は基本的にはできません。

5.遺産分割協議が終わっても成年後見人の職務は続く

なお、遺産分割協議が終わっても、後見人の職務はそこで終わるわけではありません。

Bの能力(意思能力・判断能力)が回復して成年後見人の審判が取り消されるか、死亡するまでCはBの後見人として引き続き後見職務(財産管理、身上監護)を行う必要があります。

「遺産分割協議が終われば成年後見人も終わるかと思った」

「遺産分割協議が終わったから成年後見人もやめたい」

こんなはずではなかった・・・、は通用しませんので注意が必要です。

6.成年後見人選任は必要か

以上のように、判断能力がない相続人がいる場合は遺産分割協議を行う場合はどうしても成年後見人の選任が必要になってきます。

しかし、なにも遺産分割協議を必ずしなければならないわけではありません。

法定相続分で共同で相続する方法もあるのです。

確かに共有関係はリスクもあり、好ましい状態ではありません。

 

詳しくは<共有分割・共有名義をオススメしない理由>

 

しかし、成年後見人の選任の手間や成年後見人の報酬を考えると、むりに遺産分割をするような事情がないのであれば、「遺産分割協議のためだけに成年後見人を選任する必要性はない」と思います。

ただ、以下のような事情、目的がある場合。

遺産分割協議を行う必要性がでてくるので、成年後見人選任申立てを検討する必要があります。

 

◆不動産など、相続財産を売却する予定がある

◆不動産を担保に融資を受ける予定がある

◆遺産分割協議書がないと相続手続きを受け付けてもらえないものがある

◆自宅を売却しないと施設料が支払えない

◆共同相続してもよいが、自宅に独居では今後不安なので施設への入所を考えており、そのためには身上監護すべき成年後見人が必要(事例のケース)

◆配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の適用のため、遺産分割協議をしなければ多額の相続税がかかる

 

もっとも、遺産分割、という話は別にして、そもそも成年後見人を選任すべき状態なのに、この制度が利用されていない方が数多くいるのが現状です。

7.まとめ

相続人に認知症を患っている方がいるために、遺産分割協議ができない。

高齢社会の現在において、珍しいことではありません。

この場合、認知症の方を代理する成年後見人を選任する必要がありますが、その方と成年後見人が共同相続人の関係であるため、利益相反になるケースが往々にしてあります。

そのため、別途、特別代理人を選任する必要があり、その選任された特別代理人が本人を代理して遺産分割協議を行うことになります。

注意点としては、成年後見人制度は前述のとおり、本人が能力を回復するか、亡くなるまで職務が続きます。

また、専門職が成年後見人に選任されると、当然、報酬が発生します(被後見人の財産から支出されます)。

そのあたりを充分に留意して、検討することが重要になります。その判断は専門性を伴う場合がありますので、専門家に相談することをオススメします。

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