被相続人の遺産のなかには、自宅が含まれていることが一般的です。
むしろ、「預貯金はないけど、自宅はある」という相続が比較的多く感じています。
相続人で遺産分割を行う際、被相続人名義の自宅を実際にだれが相続するか、だれが相続した方がよいのか、判断に迷うことがあると思います。
基本的には被相続人と同居していた配偶者が相続することが多いのではないでしょうか。そのカタチが一番自然ですし、同居していた配偶者としても望むことでしょう。
以下では、自宅を所有していた父親が死亡し、その相続人が配偶者である妻と、長男の2人として、それぞれが取得した際の注意点及びその場合の対策を解説します。
1.母親が相続した場合の注意点
たとえば、被相続人である父親の自宅について、同居していた母親と別居している長男が遺産分割協議を行った結果、母親が自宅を相続したとします。
同居している母親が相続して、相続登記をすることが一番、理にかなったカタチになります。現に居住している者が、その自宅の名義を持つことは自然で、理解をしやすいでしょう。
このように母親が相続した場合、以下のとおり注意すべき点があります。
(1)売却を考えたときの注意点
相続登記した母親が認知症などになってしまい、判断能力を欠く状況になったとします。
そのような中では、いざ売却しようとしても母親が判断能力を欠いていれば単独で法律行為ができなくなるため、売却などの処分ができなくなります。
売却自体をあきらめる選択肢もありますが、母親の施設料や療養費などで自宅を売却しなければ母親の預金が尽きてしまう、毎月の収支が赤字のような状況もあることでしょう。
そのような場合は、家庭裁判所に成年後見人選任申立てをすることになります。
そして、選任された成年後見人が代わりに自宅を売却をすることになります。
詳しくは<認知症になった親の不動産売却>
しかし、成年後見人を選任するとなると手間も時間もかかります。また、親族が後見人に選任される保証はまったくありません(むしろ、親族以外の専門家などが選任されるケースが多いです)。
父親を相続したときには考えもしなかったリスクが将来起きる可能性がある、ということです。
母親の取り得る対策は?
そのため、母親が自宅を相続したときは、認知症になった場合に備え、母親が元気なうちに「任意後見契約」や「家族信託」などの対策をしておくことも重要でしょう。
任意後見契約により、元気なうちに財産管理をしてくれる者をあらかじめ選んでおくのです。
詳しくは<将来の不安に備える任意後見契約とは?手続きの流れやポイント>
また、家族信託(民事信託)の活用を検討してもよいでしょう。
これは、信頼できる人を受託者(たとえば長男)として定めておき、母親が相続した自宅を信託財産にして、その受託者に託すのです。
そして、受託者は、その自宅を管理していき、将来母親が認知症になってお金が必要になった場合には、信託契約にしたがい自己の権限で売却をすることができるものです。
つまり、成年後見人を選任しなくても自宅を売却できるのです。
これらの制度を検討して、うまく活用できれば、母親のもしもの時に備えることができます。
(2)二次相続時の注意点
父親の後に母親が亡くなることを二次相続といいます。
そのような二次相続時にも注意すべき点があります。
それは、通常、子より母親の方が先に死亡する可能性が高いですが、そこで出てくるのが次の相続税の問題です。
◆二次相続時には相続人の人数が減るため、基礎控除額も減る
相続税の基礎控除(3000万円+法定相続人の数×600万円)の法定相続人の数が1人減るため、基礎控除額が600万円も減ります。
◆配偶者の税額軽減が使えない
配偶者だけに適用される制度なため当然ながら使えません。
◆小規模宅地等の特例の要件を満たしていない場合がでてくる
配偶者は無条件に同特例の適用を受けることができます。
しかし、母親死亡による二次相続に対しては、子の同居や別居の有無など、要件を満たさないとして同特例の適用が受けられない可能性もあります。
その結果、場合によっては多額の相続税がかかる可能性もあります。
母親の取り得る対策は?
相続税がそもそもかからないのであれば、問題はないでしょうが、都心の自宅などは、高額な評価になりがちです。
母親の財産が父親から相続した自宅しかないと言っても、それだけで相続税の基礎控除を超えてしまう可能性もあるでしょう。
そのため、母親が元気なうちに、長男に生前贈与などをしておき、相続財産を圧縮しておくことも有用でしょう。
その際には、かかってくる贈与税や各種特例を活用できるかどうかを検討し、うまく取り入れる必要があります。
なお、相続税においては「相次相続」という特例制度があるので、適用可能かどうか検討する必要があります。
2.長男が相続した場合の注意点
一方、長男が自宅を相続するケースも当然ながらあります。
たとえば、被相続人である父親の自宅を、同居していた母親ではなく別居独立している長男が相続したとします。
長男が相続を機に戻ってくるパターンです。
自宅の名義は長男にして、その自宅には長男と長男の家族(妻、子)、母親が一緒に住む、ということになります。
将来、母親が居住できなくなるリスク
子が自宅を相続した場合の注意点ですが、それは相続した長男が母親より先に死亡してしまった場合です。
この場合、長男の相続人は配偶者とその子となります。
母親と長男の配偶者の関係性によっては、母親がそのまま自宅に居住できるかどうかは不透明となり、最悪、出ていかなければならない結果になるかもしれません。
長男の相続人間での遺産分割協議の結果いかんよっては、自宅の相続人は長男の配偶者となる可能性もあります。
むしろその可能性が高いでしょう。
自宅を売却するかしないか、の権限は相続した長男の配偶者にあります。
母親は法律上なんら権限を持っていません(あくまで自宅をタダで使用させてもらっていたに過ぎません)。
子の配偶者が第三者に自宅を売却してしまうと、当然、そのまま住むことはできません。
したがって、父親の相続時に、
「とりあえず自宅にそのまま住めればいい」
「住めれば名義は気にしない」
など先々のことを考えなかった結果、思わぬ事態に直面する可能性もあるため注意することです。
母親の取り得る対策は?
母親の取るべき対策としては、2020年4月1日から施行された配偶者居住権の利活用です。
詳しくは<配偶者はそのまま住み続けられる?配偶者居住権とは>
そして、建物に配偶者居住権の登記をしておけば、建物の居住権を第三者(購入した者など)に対抗できます。
詳しくは<配偶者居住権の登記はどうやる?配偶者居住権の登記のポイント>
ただ、配偶者居住権の登記をもってしてもその敷地の第三取得者に対抗できませんが、通常、建物に配偶者居住権の登記がされていれば、その敷地のみをとりあえず買う、といったケースはあまりないのではないかと考えられます。
特に配偶者居住権の存続期間が「配偶者が死亡するまで」と設定されていれば、配偶者居住権の消滅が何年先になるかまったく予測できません。
したがって、とりあえず建物に配偶者居住権の登記をしておけば、そのまま居住できる可能性が高いです。
ただ、可能性としては低いですが、場合によっては「建物に配偶者居住権の登記があっても、とりあえず敷地だけでも購入したい」といってくる第三者もいるかもしれませんので、その点は留意すべきです。
3.まとめ
一般的には同居している配偶者が自宅を相続するのがスムーズですし、子の心情としても何十年と慣れ親しんだ家に住み続けてほしいと思って、母親が自宅を相続する内容の遺産分割協議を行うケースが多いです。
しかし、以上で見てきたように認知症による売却の制限や二次相続時の税負担など、現時点では顕在化していない、将来のリスクも考えておく必要があります。
したがって、生前のうちに様々な対策を検討、活用して、もしもの時に備えておくことが重要でしょう。