1.代償分割なのに支払いがされない場合もある
遺産分割の方法には基本的に4通りありますが、その1つとして代償分割による方法があります。
遺産分割の方法について詳しくは<遺産分割の4つの方法>をご覧ください。
たとえば、相続不動産を長男が取得する代わりに、長男は代償財産(不動産も可能ですが、一般的には金銭で)を二男に渡す。二男は、お金がもらえるので納得して遺産分割に合意する。
そのような分割方法です。
代償金の支払いは、普通は親族の取り決めとして信頼の上で履行されることになりますが、約束した代償金が支払われない、といったケースも少なからず見聞きします。
2.遺産分割の解除は?
では、二男はこの遺産分割協議を取消すことができるでしょうか。代償金が支払われないのであれば、遺産分割を取消したい、解除したいと思うのは当然です。
しかし、最高裁判例では、負担した債務の不履行(この場合は代償金の不払い)を理由に、合意・成立した遺産分割は解除できないとなっています。
したがって、二男は代償金が支払われないことを理由として遺産分割を解除できません。
逆に、相続人全員の合意によって遺産分割を解除することは可能です。相続人全員が解除を求めるなら、禁止する理由はないからです。
もっとも、支払いをしない当事者(長男)が遺産分割協議の合意解除に応じることはまずあり得ません。
一度成立した遺産分割は、基本的に取り消すことができないと考えた方がよいでしょう。
遺産分割協議の解除について、詳しくは<遺産分割協議はやり直せる?遺産分割の法定解除、合意解除>をご覧ください。
3.解決方法は?
では、二男は一体どうすればよいのか。泣き寝入りしなければならないのか・・・。
長男が支払いに任意に応じないのであれば、裁判所を介すことになります。
家庭裁判所の調停
相続人の話し合いで解決できないのであれば、家庭裁判所で「遺産分割後の紛争調整の調停」によって解決を図ることができます。
相続人全員が、家庭裁判所で中立的な立場である調停委員を交えて話し合いをしていきます。調停が成立すれば、その調停にしたがって履行してもらうことになります。
ただ、あくまで調停なので、合意できない可能性も当然あり、その場合は、次のステップに進みます(合意できる可能性が低いのであれば、調停をしないで直ちに訴訟提起といったことも選択肢に入ります)。
訴訟提起
遺産分割後の紛争調整の調停が不成立となれば、地方裁判所に代償金支払請求訴訟を起こすことになります(代償金が140万円を超えない場合は簡易裁判所も可)。
勝訴判決を得たうえで、代償金を支払ってもらうことになりますが、それでも支払ってくれない、無視されるといった場合は、最終手段として財産に対して強制執行をすることになります。
4.紛争とならないためにも対策を
調停や訴訟、いずれも時間と費用をかけなければなりません。解決までの道のりは長く、その間のストレスも相当なものでしょう。
そのため、トラブルを防ぐためにも以下のような対策を取っておくことをオススメします。
資力の確認
代償分割にあたっては、前提として代償金を支払う相続人に資力がなければなりません。お金がないのに代償分割で合意したということは、最初から支払う意図がなかったということに他なりません。
まずは、そもそも支払い能力があるのか、が重要になってきます。
そこで、最低限の対策として、記帳済みの預金通帳の残高を見せてもらう、残高証明書を提出してもらう、といった確認作業を行っておくことが有用です。
同時履行
資力を確認したとしても、実際に支払ってくれるかどうかは別問題です。
お金はあるけど支払わない、といったパターンです。そのようなリスクを回避するために、同時履行とすることも一案です。
遺産分割協議書に実印を押して印鑑証明書を渡すのと、代償金の支払いをその場で(できるかぎり)同時に行うのです。代償金が多額の場合は小切手でも構いません。
振込であれば、振込の完了を一緒に確認してから印鑑証明書を渡してもよいかもしれません(いまは、スマホからリアルタイムで口座情報を確認することもできます)。
抵当権を設定する
遺産を取得する相続人が所有する不動産(相続物件でも、もともと所有していた物件でもどちらでも)に対して抵当権を設定することも選択肢として入れてもいいかもしれません。
いわゆる「担保に取る」、ということです。
代償金の支払いが履行されないのであれば、抵当権を実行して担保に取った不動産を競売により売却し、その換価金を代償金に充てることができます。
抵当権設定登記にあたっては、抵当権を設定する不動産の登記識別情報(権利書)や印鑑証明書(発行3か月内のもの)が必要となるので、遺産分割の場に持参してもらう必要があります。
ただし、注意点があり、それは相続不動産に抵当権を設定する場合です。
相続不動産については、相続登記完了後に発行される登記識別情報(権利書)が遺産分割協議の時点では当然用意できないので、先に遺産分割協議書に押印し、印鑑証明書を渡すことになります。
また、登録免許税が代償金額の0.4%かかりますし、司法書士に依頼すれば報酬も発生しますので、それら費用の負担者も決めておくべきでしょう。
公正証書で遺産分割協議書を作成
遺産分割協議書は一般的に私文書として作成されますが、公証役場にて公正証書として作成する方法もあります。
なぜ公正証書にするのかというと、「代償金が支払われない場合は、強制執行に服する」といった文言(強制執行認諾文言と呼ばれます)を遺産分割協議書の条項に入れておくことにより、公正証書に強制力を持たせることができるからです。
強制執行認諾文言がある公正証書は判決と同じ効力があるので、簡単に言うとその公正証書があれば裁判を経ず、すぐに強制執行をすることができます。
裁判となるとお金も時間も要しますが、公正証書であれば、使う時間と言えば公証人との打ち合わせくらいで、費用も数万円で済みます。
もしもの時に備えて、遺産分割協議書を公正証書で作成することを検討してもよいかもしれません。
ただし、この場合の強制執行はお金の支払いに限定されますので、不動産の明渡しなどはできません(不動産を代償財産とした場合に問題となる)。
不動産の明渡しなどを求めるのであれば、別途、調停を成立させるか、裁判で判決を得る必要があります。
5.まとめ
「代償分割をしたけど、いつまで経っても代償金が支払われない」
家族間のこととはいえ、このような事態が起きるかもしれません。
通常は代償金の支払期限を設けますが、支払期限を経過した状況となっては、もはや任意に支払ってくれる可能性は低いでしょう。
そのような事態に至った際、取りうる手段はいくつかありますがいずれも費用と時間をかけなければなりません。
「ちゃんと支払ってくれるのか・・・」
「本当にお金はあるのか・・・」
少しでも不安を感じるのであれば、ご紹介した対策を取っておくことをオススメします。