遺産分割が終わるまで預金を引き出せない?遺産分割前の預貯金の払戻制度

1.遺産分割成立前に預貯金の払戻しを受けるには

口座凍結されると、基本的に一切の出入金ができなくなります。

 

詳しくは<預金口座の凍結とは?凍結されるとどうなる?>

 

一方で、葬儀費用の支払いや被相続人から扶養を受けていた配偶者、子の当面の生活費など、相続預貯金の払戻しが必要になる場合も当然あります。

しかし、相続預貯金は遺産分割が終わるか、相続人全員の同意がないと払い戻すことができませんので、相続人のうち1人でも協力しなければ1円も引き出せない事態にもなります。

金額によっては自ら立替えることも難しい場合もあるでしょう。

そこで、改正相続法は相続人の資金需要に柔軟に対応できるよう、「遺産分割前における預貯金の払戻し制度」を規定しました(民法909条の2)。

この制度によって、家庭裁判所の判断を経ることなく各相続人が単独で、各金融機関に対して、一定金額の払戻しを受けることができるようになりました。

2.いくらまで払戻しを受けられる?

遺産分割前であっても払戻しを受けられる。

しかし、無制限に受けられるわけではありません。

相続人間の公平を図る必要もあります。

「言ってきた金額を相続人に払戻した結果、他の相続人の取り分がなくなった」となっては問題があるでしょう。

したがって、払戻しを受けられる範囲、上限金額は決まっています。

上限金額は、その金融機関に対する預貯金額の3分の1にその者の法定相続分を乗じた額までです(ただし、同一の金融機関に対しては150万円を限度とします)。

たとえば、Aが死亡し、配偶者B、長男C、次男Dのケースで、AがX銀行に300万円の預貯金を持っているとするとBは、

・300万円の3分の1に法定相続分2分の1を乗じた50万円

の払戻しを受けることができます。

また、この制度は、各金融機関それぞれに適用することができるため、たとえば、Y銀行にも3000万円の預金があれば、

・3000万円の3分の1に法定相続分2分の1を乗じた500万円

となりますが、150万円が上限なので500万円ではなく150万円の払戻しを受けることができます。

したがって、Bは、X銀行から50万円、Y銀行から150万円の合計200万円まで払戻しを受けることができるのです。

なお、払戻金の使い道は特に制限はありません。何に使ったかを銀行や他の相続人に報告する必要もありません。

3.対象の口座は?

払戻しを受けられる対象の口座について制限はありません。

普通預金に限らず定期預金も対象になりますが、定期預金に対して行う場合は、満期が到来している必要があります。

また、個々の預貯金口座ごとに対して払戻しを受けられますので、同一金融機関に複数の口座がある場合、たとえば、X銀行に普通預金と定期預金があれば、それぞれの口座に対して払戻し請求可能です。

ただし、同一金融機関に複数の口座があっても、上限額は150万円です(普通預金、定期預金の口座ごとに150万円ずつ、計300万円とはなりません)。

あくまで、一つの金融機関の上限額は150万円まで、です。

4.払戻されたお金は遺産分割の時どうなる?

払戻された分、当然、相続財産が減少します。

その減少した財産額を基準に遺産分割を行うと、他の相続人との関係では不公平となってしまいます。

そこで、他の相続人との公平を図るため、払戻金は払戻しを受けた者が遺産の一部分割により取得したものとみなされます。

上の例からみるとBは遺産のうちX、Y銀行それぞれから受けた払戻金の合計200万円の分割を受けたとみなされます。

5.口座凍結が解けるわけではない

なお、この制度を利用したからといって口座凍結自体が解かれるわけではありません。

この制度はあくまで急な資金需要に対応するための、緊急避難的な位置づけです。

払戻しを受けても依然、口座は凍結されたままなので、他の相続人も払戻しを受けようとするのであれば同じように所定の手続きを行う必要があります。

6.相続放棄ができなくなる

払い戻しを受けるということは、その相続を承認した、ということになります。

したがって、払い戻しを受けた後はもはや相続放棄はできなくなります。

相続放棄を検討しているのであれば、利用に際しては慎重になる必要があります。

7.手続きに際しての必要書類

払戻しを受けるには、

・申請してきた人物が本当に相続人にあたるのかの証明

そして

・その者の法定相続分を証明

する必要があるため、基本的に以下の書面が必要になってきます。

①被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本

②相続人全員の戸籍謄本

兄弟姉妹が相続人であれば、親の一生の戸籍も必要になります。

③申請人の印鑑証明書

④口座通帳

⑤手続き依頼書(名称は金融機関によって異なります)

この制度の利用を考えているということであれば、急な資金需要などで状況としては差し迫っていることでしょう。

また、書類提出後には審査が一定時間かかるため、すぐに払戻しを受けられるわけではありません。

したがって、戸籍収集についても素早い対応が求められます。

なお、法定相続情報証明制度を利用すれば戸籍の束を持って金融機関に行く必要もなく、また同時並行で他の相続手続きも行えるため、同制度を利用してもよいかもしれません。

詳しくは<法定相続情報証明制度のメリット、デメリット>

 

8.問題点は?

この制度はとても便利で、家庭裁判所の関与も要らないため使い勝手が良い反面、生前に被相続人から特別受益としての贈与を受けている相続人であっても払戻しを受けることができます。

つまり、特別受益があるため、本来であれば相続する相続分がない相続人であっても銀行側としては申請があり、ちゃんと書類が揃っていれば上限額があるとはいえ他の相続人の関与無しに払戻しに応じることになります。

その結果、他の相続人の相続分を害してしまうおそれがあります。

9.まとめ

この制度を利用すれば、自らの財産から立替えをしなくとも家庭裁判所の関与なく、上限額はありますが一定金額の払戻しを受けることができます。

遺産分割前に急な資金需要が生じた場合に柔軟に対応でき、また、当面の生活費などにも充てることができます。

預貯金の払戻し制度は2019年7月1日から施行されていますが、その日より前に開始した相続も適用を受けます。

利用を検討しているのであれば、各金融機関に直接問い合わせるか、専門家に相談することをオススメします。

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