
1.限定承認
相続には、相続を全面的に受け入れる「単純承認」と、権利や義務を一切相続しない「相続放棄」がありますが、相続財産を責任の限度として相続する制度もあります。
これを「限定承認」といいます。
相続したプラスの財産の限度、範囲内で借金などの債務を支払う制度です。
つまり、もともと相続人個人が持っていた財産から相続債務を支払う必要がありません。
たとえば、被相続人に預金などプラスの財産が2000万円、借金などマイナスの財産が3000万円あったとします。
限定承認することによって、借金3000万円の内、プラスの財産2000万円を限度として返済すれば、残り1000万円については返済する必要がありません。
つまり、被相続人の残した債務に関していえば「自分の懐は痛まない」ということです(別途、申立の費用や専門家への報酬などを考えればまったく痛まないわけではありませんが)。
2.限定承認のポイント
限定承認を利用するためにはいくつかのポイントがあります。
①家庭裁判所への申立てが必要
限定承認を選択した場合は、相続開始を知った時から3か月内に家庭裁判所に限定承認の申立てをする必要があります。
なお、3か月内に申立てることが必要ですが、この期限は相続人ごとに進行します。
したがって、相続人の内、1人でも3か月を経過すると申立てできないのではないかと疑問が出ますが、1人でも期限内であれば他の相続人について3か月が経過していても申立てが可能とした裁判例があります。
ただし、相続人の1人が期限内に相続財産を処分した場合は、限定承認を認めないとする審判例もあるので、
・単純承認するか
・限定承認するか
・相続放棄するか
について悩んでいる間は、相続財産を処分しないように注意することです。
②申立ては相続人全員で行うこと
限定承認は、相続財産全体に影響を与えるものですので、相続人全員で行うことが必要です。
一部が単純承認、他方が限定承認は認められません。
なお、相続放棄者がいる場合は、その者ははじめから相続人ではなくなりますので、限定承認はその者を除いた全員で行うことになります。
③あまり利用されていない
限定承認は、手続きが煩雑なため、実務上あまり利用されていません。裁判所の司法統計によると平成30年の相続放棄の申立て件数が21万5320件で、毎年右肩上がりのところ、限定承認はわずかに709件で、圧倒的に少ないです。
主な理由としては以下のとおりです。
【1】相続人全員の申立てが必要
まず、相続人全員が限定承認をする必要があります。
1人でも相続を単純承認してしまうと、この制度を使えません(相続放棄は各相続人の自由な意思で選択されます)。
たとえば、一部の相続人が預金を引き出して自己のために使用したなど、相続財産を処分した場合は限定承認はできません。
【2】官報公告が必要
債権者などの利害関係人に限定承認した旨や、債権があれば申出て欲しいことを官報公告によって知らせます。
その手間が面倒に感じることでしょう。
【3】相続人から相続財産管理人が選任される場合がある
家庭裁判所は、相続人が2人以上いる場合は、その内1人を相続財産管理人に選任します。
選任された相続財産管理人が、相続財産の管理をはじめ、相続財産の換価換金処分、債権者への返済などを行います。
相続人が、清算手続きの一切を執り行うことになるのです。
ただ、それらの手続きは非常に煩雑で、かつ専門性が高いため、そのような手続きに不慣れな相続人にとっては大変な重荷になることが予想されます。
【4】課税される場合がある
限定承認は税法上、被相続人から相続人への財産の譲渡、売却とみなされるため被相続人に売却益が発生していれば、譲渡所得税が課税されます。
これを「みなし譲渡所得税」といいます。
被相続人はすでに亡くなっているため、被相続人から相続人への譲渡とされるのはおかしな話しに感じますが、税法上はそのように規定されているので仕方ありません。
たとえば、被相続人が購入した当時、1000万円の価値の土地が、相続時には2000万円の価値となっている場合、1000万円の利益が生じていますので、その部分に対して譲渡税の課税対象となります。
この場合、親族間の譲渡とされるため、居住不動産の3000万円特別控除が適用できませんので、売却益が生じる場合は、税務面でかなりの不利となります。
もっとも、限定承認により相続人は遺産の範囲内でしか債務を負わないので、債務と譲渡税の総額が遺産の総額を超えるのであれば、遺産を超える部分については自らの財布から納税する必要はありません。
なお、限定承認によっても相続税の問題はありますが、限定承認を選択しているということは、通常、借金の方が多い場合です。
そのため、相続財産はマイナス、つまりゼロとなり、相続税はかからないことが多いでしょう。
【5】準確定申告が必要になる場合がある
前述のとおり、売却益が出れば被相続人に所得があることになるため、相続人は、相続開始後4か月内に準確定申告が必要になります。
限定承認の申立てが相続開始後3か月内ですので、家庭裁判所の審理などを考えると、まったく時間的猶予がありません。
その間に税金の計算や税務署に提出する書類の準備などをする必要があります。
【6】相続財産の換価が面倒
不動産をはじめとした相続財産を売却して金銭に変えます。
そして、債権者に返済をしていくのです。
すべての債権者へ返済をしてもなお相続財産が余った場合は、相続人が取得します。
相続財産を金銭に変える方法は、裁判所を介しての民事執行法にしたがった競売によります。
競売され、遺産は換価換金されていきますが、競売価格は一般的に市場価格よりも安くなりますし、裁判所に提出する書類も多く、手間や時間も相当かかります。
では、任意売却にすれば、高く、早く売れるのではないかと思うかもしれませんが、任意売却による方法で相続財産を処分することは法律上は認められていません(ただし、実質、任意売却と同様の方法で売却する方法はあります)。
仮に、任意売却の方法で処分してしまうと「相続財産の処分」にあたり、その相続を単純承認したとみなされ、債務も含めたすべての財産を承継してしまいます。
債務を相続したくないために、せっかく限定承認にしたのに、結局は債務を相続してしまうことにもなりかねないのです。
【7】相続人が相続財産を買い取れる場合があるが
前述の競売以外の処分方法では、相続人の先買権が認められています。
これは、鑑定人が評価した金額以上のお金を払えば、相続人がその相続財産を買い取れる制度です。
慣れ親しんだ実家や、どうしても相続したい財産があれば、この制度を利用して相続人が取得することも可能です。
ただし、当然、まとまった金額が必要となるため容易ではありませんし、不動産であれば通常は銀行などの抵当権がついていますので、銀行の抵当権実行による競売を妨げることはできません。
【8】専門家の報酬が高額になりやすい
手続きが相当複雑で時間、手間もかかる制度ですので、申立には基本的に専門家が関与することになるでしょう。
ただ、一般的に事件の難易度に比例して、報酬も高額となる場合があります。
3.まとめ
借金だけを放棄することはできませんが、限定承認制度を使えば相続財産の範囲内で責任を負いますので、
◆プラス財産とマイナス財産、どちらが多いか分からない、判断できない
◆自宅などの不動産は相続したい、残したい財産がある
◆相続放棄によって、次順位者に相続権が移るのは困る、どうしても避けたい
このような場合には選択肢として入れてよいかもしれません。
しかし、この限定承認。
手続きがすべて終わるまで1年以上はかかり、税金面や手続き面においてかなりの重い負担になりますので、統計からも明らかなとおり実務上はほとんど利用されていないのが実情です。