相談事例
20数年前に父が亡くなったのですが、以来、長男である私が父名義の建物に住んでいます。
この度、この建物を売却することになりました。
しかし、不動産屋からは名義が父のままでは売れないのでまずは相続手続きをしてください、と言われました。父の相続人は長男である私、二男の2名です。
ただ、弟は生まれ育った家でもあるので、売却には反対しており遺産分割にも応じようとしません。
いい方法はないか色々と調べたところ時効取得という制度があるとのことです。
この家には父が死亡してから20年以上、私がずっと住んでいたため、その時効取得という制度を利用して私の所有物にすることはできますか。
時効取得により私が不動産を取得できるのであれば、遺産分割などは不要となり、弟は関与しなくてもよいかと考えますがいかがでしょうか。
1.時効取得とは
民法には時効取得という制度があります。
一定期間土地を所有し続けて要件を満たすことができればその土地を取得することができる制度です。
1つのケースとしては、他人の土地(よくあるのが山林や畑など)を自分の土地と信じて持ち続けた結果、時効取得によりその土地を取得する、といった場合です。
簡単に、以下は時効取得の要件です。
・20年間、所有の意思を持って平穏公然に他人の物を占有した者は所有権を取得する
・10年間、所有の意思を持って平穏公然に他人の物を占有した者で占有開始の時に善意で、かつ過失がなかったときは所有権を取得する
では、相続した不動産もこのように持ち続けることにより時効取得することは可能なのか、以下で解説していきます。
2.相続した不動産は時効取得できる?
結論からいって、相続した不動産を持ち続けることによって時効取得を主張することはできません。
理由は簡単で、時効取得の要件である「所有の意思」がないからです。
所有の意思とは自分のモノであるという認識です。分かりやすい例としては賃貸です。
賃貸マンションに長期間住んだからといって、借主はそのマンションを時効取得することはありません。
所有の意思がないからです。借主は自分のモノと思って住んでいません。
では、相談事例の場合。
相続により二男も相続分を有しており、共有状態です。
長男は、家を実際に使っているのは自分だけかもしれませんが、二男の相続分については自分のモノであるとして所有の意思がある、とは言えません。
長男も、自分以外に相続人がいるかどうかは知っていることが普通なので、所有の意思があるとは言えないのです。
3.仮に時効取得を認めてしまうと
相談事例のように、このようなケースで時効取得を認めてしまうと遺産分割の制度が無意味と化してしまいます。
極端な話、遺産分割を拒み続ければ自分のモノにできる。むしろ、強引に引き延ばして持ったもの勝ち(逃げ得)といったことになってしまいます。
もっとも、遺産分割協議を拒み続けても遺産分割調停・審判といった裁判手続きを利用すればよいだけなので、時効うんぬん以前に逃げ得といった状況そのものが生まれることはそうそうないでしょう。
4.生前に贈与されていれば
相談事例のケースにおいて時効取得を主張することは困難ですが、生前に家を贈与されていた事実があり、贈与を受けたと思ってそれ相応の対応(ずっと固定資産税を払ってきていたなど)の事実があれば、贈与を受けた者としては所有の意思があるといえます。
贈与を受けたからずっと占有していましたと。
この場合、時効取得が認められる可能性もあります。
なお、ここでは贈与自体が重要なのではなく(そもそも贈与されていれば自分のモノなので時効取得といったことも通常は起こらない)、贈与があったことにより、贈与を受けた者としては所有の意思を持って占有していた、という事実が重要となります。
5.まとめ
時効取得を主張すれば遺産分割をしなくても相続できるということはありません。
遺産分割を経ずに10年間(または20年間)占有したとしても自分のモノになるわけではないので勘違いしないことです。
遺産分割・相続手続きを放置しておくメリットはありません。
むしろデメリットの方が大きいので、早めの対応を取ることをオススメします。