相談事例
私の夫が2020年1月に亡くなりました。夫は遺言を残しており、その遺言にしたがって私が夫の遺産(主に不動産)をすべて相続しました。
ところが、夫には前妻との子Aがいます。
Aに、遺言があるから私がすべてを相続することを伝えたところ、しばらくたって、Aから内容証明郵便が届き、そこには「遺留分を侵害しているため遺留分侵害に相当する金銭を請求する」といったことが書かれていました。
その金額は約500万円です。
遺産はほとんど不動産であるため、そのような金額は当然、すぐには準備できるはずもなく、どうすればよいか途方に暮れています。
いっそのこと、このまま無視しようか、とも考えています。
1.一括で支払うことが原則
他の相続人の遺留分を侵害している場合、侵害されている相続人から遺留分侵害額請求がされることがあります。
侵害されている相続人の当然の権利として認めれらます。
請求された相続人は「侵害相当額」を支払う必要があります。
その侵害相当額、一括で支払うことが原則ですが、特に遺産が不動産しかない場合には、すぐに用意することができないのではないでしょうか(めぼしい遺産が不動産しかないといったことは珍しいことではありません)。
そこで、まずは、Aに分割払いもしくは支払期限を延ばしてもらえるかを打診してみることです。
「遺産が不動産しかない」
「自己資金もないためお金はすぐに用意できない」
一括で支払えないことをまずは理解してもらうのです。分割払いなどを承諾してくれるかもしれません。
しかし、それでもAが承諾してくれない、一括での支払いをかたくなに主張してくる場合には、次の期限の許与を裁判所に求める方法があります。
2.裁判所による期限の許与
遺産のなかにお金がない、あっても少額といったケースは珍しくありません。
そのようななかで遺留分侵害額請求を受けた場合。
しかもこちらの分割払いなどが拒絶された場合。
改正相続法はそのような場合も想定して、1047条第5項で、裁判所が全部または一部の支払いについて相当の期限の許与することができる旨をあらたに定めました。
期限の許与とは支払期限の延長を意味し、裁判所が相当の期間、支払いを猶予することを認めてくれるのです。
支払い原資がまったくないのであれば、500万円全額の支払いを猶予してくれるかもしれません。
また、一部とは、500万円のうち200万円については支払いを猶予するということです(残り300万円については原則どおり一括払い)。
3.期限の許与の方法は?
では、この期限の許与を求める場合ですが、裁判所に訴訟を起こす必要があります。
もっとも、侵害額の支払について話し合いが不調に終われば、普通は遺留分を侵害されている相手の方から遺留分侵害額請求に基づく金銭の支払いを求めて訴訟を提起してくる可能性が高いです。
そのため、自ら訴訟を提起するのではなく、遺留分権利者が起こしたその訴訟において期限の許与を主張(遺留分侵害額請求に対する反訴、もしくは抗弁として)していくことになります。
4.無視は絶対にやめておく
遺留分侵害額請求を無視し続けると、裁判のうえ、いわゆる「欠席判決」ということになるでしょう。
Aの全面勝訴です。
Aはその判決にしたがって、相談者の相続した不動産に対して「差押え」を行い、強制競売を経て換価金から遺留分侵害額相当の金銭を回収することになります。
最悪、相続した不動産を失うことになってしまうため、遺留分侵害額請求に対して無視することはやめておきましょう。
遺留分はだれも(遺言者自身でさえ)侵すことのできない相続人の権利です。
まずは相手方と真摯に話し合うことが重要で、支払い方法などについて柔軟な対応をしてくれるか交渉してみることです。
5.まとめ
遺留分侵害額請求の解決方法は、金銭によることが原則です。以前のような現物返還ではありません。
そのため、「お金を準備できない」といったことも起こりえます。
その場合には、裁判所に期限の許与を求める方法により、全部または一部について支払い期限を猶予してもらうことができるようになりました。
もっとも、支払いについての話し合いができない、話し合いをしても合意にいたらない、といった段階であれば、実際のところは相手方から遺留分侵害額請求の訴訟を提起してくるはずなので、その訴訟の中で、期限の許与を主張することになります。
いずれにしても、遺留分侵害額請求に対して、無視することだけはやめておくことです。