相続人の中に行方不明者がいると遺産分割協議ができない?

事例

父Aが亡くなり、相続人は母B、長男C、次男D。

父名義の預貯金口座解約や不動産の名義変更を行いたい。

しかし、相続人の一人である長男Cが数年前に海外に移住し、その後音信不通で居場所がまったく分からない。

このままでは手続きが取れないので、どうすればよいか。

1.行方不明者がいる場合の遺産分割協議

事例のように、「1人ぐらいだから遺産分割協議から除外しても別に大丈夫だろう」と考えがちですが、1人でも関与していなければ不動産の名義変更や預貯金口座解約など、相続の手続きを一切することができません。

相続届け出や遺産分割協議は相続人全員の関与、参加が絶対条件だからです。

一部の相続人を除外してされた遺産分割協議はすべてが無効になります。

2.不在者財産管理人の選任申立て

共同相続人の一部に不在者がおり、その者とまったく連絡が取れず、音信不通のため遺産分割協議ができないケースは実務上、たまに遭遇します。

当然、そのままでは遺産分割協議を有効に進めることはできません。

その場合は、その者を不在者(※)として、不在者の従来の住所地(または居住地)を管轄する家庭裁判所に「不在者財産管理人の選任申立て」を行う必要があります。

(※不在者とは従来の住所・居所に容易に戻る見込みのない者をいいます)

不在者財産管理人とは、不在者に代わり、不在者のために財産管理や保全、場合によっては不在者の財産を処分する者であり、家庭裁判所によって選任されます。

3.ある程度の期間は行方不明であること

なお、音信不通の期間が数週間、数か月程度では不在とはいえません。

不在といえるためには少なくとも1年以上は行方不明であることを必要とします。ここ最近顔を見ないといった程度では不在者とは認定されません。

どこにいるか分かっており、連絡がつかない程度では、不在者とはいいません。

不在であればよいため、生死の不明は問いません。

4.財産管理人や必要書面は

財産管理人をだれにするか、だれにしなければならないかは法律上特に決まってはいないので、親族をはじめとして、弁護士や司法書士などの専門家を候補者として申立てをすることもできます。

適当な親族がいない場合は、相続について相談していた司法書士などになってもらうことが比較的多いです。

申立てに必要な書類は基本的に次のものです。

①申立書(800円の印紙を貼ったもの)

②不在者の戸籍謄本

③不在者の法定相続分を証明するために被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本

④不在者の住民票または戸籍の附票

役所の調査の結果、職権で住所の記載が消除されている可能性もありますが、取れるものすべてを取ります。

⑤管理人候補者の住民票または戸籍の附票

候補者を立てた場合に必要になります。

⑥不在者の財産に関する資料

不在者が相続人の一人であれば登記簿謄本や通帳のコピーなど相続財産の情報です。

⑦不在の事実を証明する資料

不在にいたった経緯や事情などを詳しく述べた親族、知人の陳述書、行方不明になったことが新聞記事などになっていればその新聞紙など、不在となったことが分かる調査資料、客観的資料です。

⑧連絡用の切手(金額は家庭裁判所による)

以上のほかにも場合によっては家庭裁判所が申立人から聞き取り調査をしたり、親族などの関係者に照会を求めることもあります。

申立てが受理され審理の結果、不在者財産管理人が選任されると、その財産管理人が不在者の財産を管理することになります。

5.不在者財産管理人を選任するケースは

管理人を選任するケースとしては主に次のものがあります。

◆遺産分割協議をしたいが、相続人の中に不在者がいるため、協議できない

◆不動産の共有者に不在者がいるため、売却できない

◆不在者に相続放棄させる

◆不在者の財産を管理、保全する必要性がある

実務上、不在者財産管理人が選任されるケースとして多いのは遺産分割協議の成立を目的とするもので、事例もそのケースにあたります。

6.権限外行為の許可の審判

選任後、管理人は他の相続人とともに遺産分割協議を行うことになりますが、不在者財産管理人の基本的な権限は不在者の財産の管理・保存行為に限られます。

一方、不在者に大きな影響を与える遺産分割協議をすることは処分行為にあたるため、管理人の権限を越えてしまいます。

そのため、家庭裁判所に遺産分割協議書の案(※)を提出して遺産分割協議をするための許可の審判を得る必要があります。

(※この案には最低限、不在者の相続する財産として、法定相続分に相当する金額が確保されていることを要します。不在者に不利な内容や、最低限の相続分が確保されていなければ基本的に許可はされません)

7.帰来時弁済型の遺産分割

上記の許可を得ることによって管理人は有効に遺産分割協議を行うことができます。家庭裁判所に提出した遺産分割協議書の案に(おおむね)沿った内容で合意に至れば管理人は署名・押印します。

しかし、実際いつ現れるかも分からない不在者の相続財産を管理し続けることは管理人の負担が非常に大きいです。

そこで、実務上、相続財産が多額ではない場合や不在者が現れる可能性が低い場合には、「帰来時弁済型の遺産分割」となる場合もあります。

これは、遺産分割時には不在者に財産を取得させず、不在者が実際に現れた時に他の相続人が不在者に法定相続分以上の代償金を支払うというものです。

こうしておけば、管理人は不在者が現れるまで不在者の相続財産を半永久的に管理しておくことを回避できます。

 

なお、家事事件手続法という法律が改正され(令和5年4月1日から施行)、不在者財産管理人が法務局に不在者の金銭を供託することも可能となりました。

これにより、管理する財産がなくなるので、不在者財産管理人の職務は終了します(家庭裁判所にて取消の審判がされる)。

そのため帰来時弁済型の遺産分割は利用されない(認められない)運用になる可能性があります。

8.職務の終了

不在者財産管理人の職務は主に次の事由によって終了します。

◆不在者が現れたとき

◆管理する財産がなくなったとき(上述の供託した時を含む)

◆不在者の死亡の事実が判明したとき

◆不在者に失踪宣告がされたとき

注意すべきは、管理人選任申立ての動機、目的である遺産分割協議を終えたとしても当然に管理人の職務が終わるわけではありません。

上記のような事由があってはじめて職務を終えることができます。

9.管理人の報酬

管理人は報酬付与を家庭裁判所に申立て、家庭裁判所が報酬を決定し、管理している不在者の財産から報酬を得ます。

あくまで家庭裁判所の決定にしたがう必要がありますので、勝手に不在者の財産から報酬を受け取ることはできません。

報酬金額は、事件の難易度や不在者の財産の状況にもよります。

そして、上記の終了事由があれば管理人選任処分の取り消しの審判を得て管理人の職務は終了します。

10.まとめ

不在者財産管理人選任の手続き自体は難しいものではありませんが、揃える書類も多く、手間と時間がかかります。

しかし、不在者がいる場合は避けては通れない手続きです。

この手続きを終えていなければ遺産分割協議ができませんので、名義変更をはじめとした相続手続きを行うことができません。

相続人の中に不在者がいる可能性が高い、または実際にいると分かっているのであれば、生前に遺言書を作成しておくことをオススメします。

遺言書を書いておくことによって、遺産分割協議を回避できます。

不在者財産管理人を選任する必要がなくなり、速やかに遺産の承継のための諸手続きに進むことができます。

 

遺産分割に関してはこちらでも詳しく記事にしています。合わせてお読みください。

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