1.特別受益の持ち戻し
被相続人の生前、たとえば学費や結婚資金などの形で贈与を受けている相続人がいたとします。
一方で、何も受けていない相続人もいるとします。
この場合、相続が開始すると、生前に多く受け取っていようがいまいが、遺言がない限り法定相続分にしたがって各相続人が相続します。
特別受益を受けた相続人と何も受け取っていない相続人は、相続する取り分に差が出てきます。
これでは不公平です。
この不公平を是正するための制度として、特別受益の持ち戻しがあります。
この特別受益の持ち戻しをすることにより、相続人間での公平を図ることができます。
2.持ち戻しの免除
しかし、たとえば配偶者に対して居住していた家を贈与した場合、相続開始後にそれが特別受益として持ち戻しがされると、配偶者の相続分が調整されて金銭など他の財産の取り分が減少してしまいます。
「家はあるけどお金がない」
こういったことが起こってしまいます。
それでは配偶者の生活に支障が生じるおそれがあります。高齢や病気で仕事ができない場合は特にでしょう。
被相続人の、配偶者のために家を贈与した意思が否定されることにもなります。
このような事態を避けるための制度として、特別受益の持ち戻し免除の意思表示の制度があります。
被相続人による、特別受益の持ち戻しを免除する意思表示があれば、相続分の算定において被相続人からの特別受益としての贈与はなかったものとして、各相続人の取り分を算定することができます。
持ち戻し免除の意思表示の方法について詳しくは<特別受益の持ち戻し免除をする方法は?遺言書、贈与契約書の記載例>
なお、配偶者に対する居住用不動産の贈与については持ち戻しの免除を推定する規定があらたに設けられました。詳しくは<相続法、結局どのように改正された?自分への影響は?>
では、この特別受益の持ち戻し免除。
この制度をうまく利用すれば、
「遺留分侵害額請求を回避できるのではないか」
と、こう考えるかもしれません。
3.特別受益の持ち戻し免除をすれば遺留分侵害額請求を回避できる?
結論からいうと、特別受益の持ち戻し免除をしたとしても、遺留分侵害額請求を回避することはできません。
どういうことかと言うと、そもそも特別受益の持ち戻し免除の規定と遺留分の制度はまったく別の制度です。
相続人には最低限の取り分として遺留分があります。この遺留分はだれも侵すことができません。
財産を与えた被相続人本人であってもです。
この遺留分を侵害されている相続人は、侵害している者に対して遺留分侵害額請求を行使して、遺留分に相当する金銭を請求することができます。
詳しくは<お金で解決?遺留分減殺請求との違いは?遺留分侵害額請求権>
そして、その理解を前提に、たとえば特別受益にあたる贈与が遺留分侵害額請求の対象にならないと仮定します。
そうであるなら、被相続人としてはここで考えます。
遺留分侵害額請求の対象にならないのであれば、今のうちに一部の相続人にできるだけ財産を贈与しておき、その上で特別受益の持ち戻しの免除をしておけば、特定の相続人の取り分をゼロにできるのではないか、と。
しかし、当然ながらこのようなうまい話はありません。
仮にこのようなことができるのであれば、遺留分制度の趣旨に反し、また、相続人の間で不公平な結果となるため紛争発生の可能性が高くなります。
そのため、特別受益の持ち戻しの免除があってもなくても、遺留分算定の基礎財産に特別受益された財産も加えることになるのです。
なお、贈与は「特別受益として」されたものに限られます。
遺留分侵害額の算定方法について、詳しくは<いくら請求できる?遺留分侵害額の計算方法>
4.昔にされた贈与についても加算される?
相当前にされた贈与まで特別受益とされると、被相続人としては、生前に財産を贈与しておく動機、モチベーションが薄れ、老世代から若年世代への「財産の移転」が活発にされず、場合によっては財産の塩漬けとなってしまうことも想定されます。
そのため、すべての特別受益による贈与を遺留分算定のための基礎財産に加えるのではなく、相続開始前10年以内にされた贈与だけが対象になります。
相続法改正により10年以内という期間が設けられました。
ただし、当事者が遺留分権利者を害することを知ってされた贈与については、10年以内といった期間制限なく、贈与の時期を問わずいつまでもさかのぼって遺留分算定のための基礎財産に加えられます。
なお、相続法改正前は、10年以内といった期間制限はなく、何十年前の贈与であっても遺留分算定のための基礎財産に加えられていました(改正前に開始した相続については改正前の相続法が適用されます)。
5.特別受益としての贈与には時効はない
遺産分割においての特別受益による贈与は何年前のものであっても考慮されます。
誤解しやすいところですが、たとえ10年が経過しても特別受益としての贈与そのものがなかったことになるわけではありません。
特別受益を受けた相続人が、「10年待てば特別受益はなかったものになるから遺産分割を先延ばそう」と考えても無意味です。
要は、特別受益の持ち戻しに時効はありません。
10年といった期限が問題となるのは、上述のとおり、遺留分算定のための基礎財産に加える際に限られます。
※なお、令和3年4月の相続法改正により、相続開始から10年を経過すると、遺産分割において特別受益の主張ができなくなりました。
詳しくは<相続から10年が過ぎたら?遺産分割を放置した場合のデメリット>をご覧ください。
6.まとめ
被相続人の意思は最大限、尊重されるべきでしょうが、遺された相続人の利害調整も重要です。
特別受益の持ち戻し免除をしたとしても、遺留分算定のための基礎財産に加える必要があるため、遺留分侵害額を少なくしたり、遺留分侵害額請求自体を回避することはできません。
それを許すと遺留分の趣旨に反し、制度そのものが形骸化するためです。
もっとも、時期を問わず、相当昔に贈与したものまで遺留分算定のための基礎財産に加えることになると、生前贈与による財産の活発な移転を阻害してしまうおそれもあります。
そのため、原則、相続開始前10年以内にされた特別受益としての贈与のみが対象になります。