相談事例
私の夫が不慮の事故で亡くなってしまいました。
現在、私は懐胎しています。
夫の両親は存命です。
相続人は、夫の両親と妻である私、ということになるのでしょうか。
1.胎児は生まれたものとみなす
不幸にも妻の妊娠中に夫が死亡した場合、夫の相続が発生しますが、胎児(おなかの子)は相続人となるのでしょうか。
いまだ生まれていない中で相続権を認めてもよいのか。
結論から言うと、民法では、胎児は「相続についてはすでに生まれたものとみなす」と規定されていますので、胎児は相続人となります。
これを「出生擬制」といいます。
本来であれば、被相続人が死亡したときに相続人が存在していなければならない「同時存在の原則」があるため、被相続人死亡時に存在していない胎児は相続人とはなれません。
ただ、その原則を厳密に貫くと胎児にとって、大きな不利益を与えることになります。
現代では死産となる可能性は低く、生まれてくる蓋然性が高いです。
それなのに、出生の前後によって、相続人として認められないことは望ましくありません。
極論を言えば、生まれる1日前に夫が亡くなることもあります。そのような場合にまで「その胎児は相続人ではない」という結果は、胎児にとって非常に酷な結果となります。
したがって、そのような事態を避けるため胎児は相続についてはすでに生まれたものとみなされるため、「子」として相続権第1順位の相続人となります。
相談事例では、夫の相続人は妻と胎児の2名となり、相続権第2順位である夫の両親は相続人とはなりません。
2.死産となったら
この出生擬制の規定は、胎児が生まれてくることが条件なため、死産となってしまった場合は、前述の規定は適用されず、はじめから相続人とはなりません。
したがって、事例では妻と夫の両親が相続人となります。
3.出生「前」に遺産分割はできるか
胎児は相続においては生まれたとみなされ、相続人となりますが、では胎児の分も含めて遺産分割協議を行えるのでしょうか。
遺産分割協議は相続人全員の合意が必要ですが、胎児は当然合意できません。
では、母親が胎児の代理人としての立場で、胎児分も含めた遺産分割を行ったら有効となるかどうか、ですが、そのような遺産分割は無効です。
胎児が生まれた後にやり直す必要があります。
これは、胎児の権利保護(胎児にとって不利な内容の遺産分割になるおそれがある)の観点から、生まれる前での遺産分割を認めることは望ましくないからです。
したがって、仮に遺産分割協議を行ってもやり直す必要があるため、胎児が生まれてくるまで遺産分割協議は行わないことです。
4.出生「後」の遺産分割は
一方、出生後においては母親と子は共同相続人であるため、利益が衝突する場面、「利益相反関係」に立ちます。
この場合、母親が自己に有利な協議を成立させるおそれがあるため、母親は子を代理できません。遺産分割について、子を代理する特別代理人の選任が必要になります。
詳しくは<相続人の中に未成年者がいる場合の遺産分割協議は?>
5.不動産を胎児名義にできる
胎児は相続においてはすでに生まれたものとみなされるため、不動産の相続登記をする場合、名義を胎児名義にすることができます。
その場合の名義は「亡A妻B胎児」となり、住所は母親の住所を登記します。
そして、生まれた後、実際に名付けられた名前に氏名変更登記をします。
死産であった場合は、相続登記を更生(登記内容を直す)することになります。
6.胎児の相続放棄は?
登記名義を受けることは可能ですが、相続放棄をすることも可能です。
たとえば、父親が莫大な借金を残して死亡したとします。
相続については胎児は生まれたものとみなされるため、胎児はその借金も相続してしまいます。
実際に生まれていないのに借金を背負ってしまう。
そこで、胎児にも相続放棄を認める必要性があり、母親は胎児が生まれた後に子の相続放棄の申立てを行うことになります。
生まれる前に相続放棄の申立てはできません。実際に生まれてからの手続きになります。
生まれた子だけが相続放棄をする場合は、遺産分割と同じように利益相反関係にあたりますので、母親は子を代理できません。
特別代理人の選任が必要になります。
詳しくは<未成年者の相続放棄>
また、相続放棄は相続開始から3か月内に行う必要がありますが、胎児が生まれてくるまでにその3か月を経過してしまうこともあるでしょう。
そのような場合、相続放棄は胎児が生まれてから3か月内に行えば問題ありません。
7.まとめ
一般的には知られていませんが、胎児がいる場合は、相続についてはすでに生まれたものとみなされるため、胎児も相続人として考慮する必要があります。
その判断を誤ってしまうと場合によっては相続人の範囲が変わってきますので、要注意です。
生まれたものとみなすといっても出生前に遺産分割を行うことは避けるべきでしょう。
出生後には必ず特別代理人の選任が必要になりますので、通常の相続に比べ手間がかかってきます。
それらの手続きが難しいと感じた場合は、専門家に相談することをオススメします。