相談事例
先月、父の遺産分割協議を相続人全員で行いました。
相続人は長男Aと次男B、そして三男である私Cの3人です。
Aは父と同居していましたが、Bと私は独立して別居しています。
父の遺産としては、同居していたAからは自宅不動産以外には目ぼしい財産はない、と聞かされていました。
Bや私も、父には不動産以外に目ぼしい財産はないだろうと思っていました。
そうであるなら、同居していたAが自宅を相続した方が現実的であるため、父の遺産のすべてをAが相続する内容の遺産分割協議書にハンコを押しました。
ところが、遺産分割協議をした後に念のため銀行から父の口座の残高証明書を取得したところ、多額の預貯金があったことが判明し、すでにAがその遺産分割協議書にしたがって払戻しを受けていました。
私としては、自宅以外に遺産がないものとしてハンコを押したのに、他に遺産があるのであれば遺産分割協議をやり直したいと思っています。
遺産分割協議のやり直しは可能なのでしょうか。
1.遺産分割の錯誤無効
相続人全員の合意による遺産分割協議のやり直しは、基本的に自由です(別途、贈与税の問題があります)。
詳しくは<遺産分割協議はやり直せる?遺産分割の法定解除、合意解除>
また、詐欺や強迫により遺産分割がされた場合には(遺産分割無効確認訴訟などで認められれば)、遺産分割を取り消すことができます。
相談事例のCは、遺産分割協議をやり直したい、ということですが、普通に考えて虚偽説明をしたAの合意を得ることは難しい。
したがって、合意による遺産分割協議の解除は望めません。
Cとしては、一度成立した遺産分割協議を覆すことは簡単なことではありませんが、主張如何によっては錯誤による無効が認められる可能性もあります。
相談事例のようにある相続人(A)から、告げられている遺産の他に何も遺産はない、との説明を受け、その説明により自宅以外に財産はないと誤信してしまい、その結果、遺産分割協議に合意したのであれば、錯誤無効(もしくは詐欺取消)が認められる余地もあります。
2.錯誤無効の立証、ハードルは高い
錯誤であった、遺産分割をやり直したい、となった場合ですが、簡単には認められません。
錯誤に陥った(遺産がないと誤信した)ことを立証するのは無効を主張する相続人(C)です。
裁判で無効・取消を争うのであれば、錯誤や詐欺を裏付ける証拠を用意して立証しなければなりません。
そのハードルは非常に高く、また、Aも全面的に争ってくることが予想されます。
たとえば、Aの言うことを鵜呑みにして何ら財産調査をしなかった相続人(BやC)に対して、Aから、
「そもそも遺産が自宅以外にあるかどうかの調査をしなかったのだから、BやCにも過失がある。錯誤による無効を主張することはできない」
と反論される可能性もあります。
3.まとめ
話し合いで、「遺産分割をやり直そう」となればよいですが、そうでなければ一度成立した遺産分割協議を覆すことは非常に困難です。
遺産を相続した相続人が、その遺産分割協議書を使ってすでに相続手続きを終えてしまっている可能性もあります。
訴訟に発展する可能性が非常に高い。
ですから、そのような事態にならないためには遺産分割協議に臨む前に、自らできる限り相続財産の調査を行っておくことです。
相続人であれば単独で残高証明書を取得することはできますし、不動産であれば名寄せ帳を取得して自宅以外の財産がないかを(ある程度)確認することができます。
最低限の調査をしておけば、仮に裁判に発展したとしても、「錯誤、誤信したことについて過失があった」とはなりにくいでしょう。