1.不動産ではなくお金を残してあげたい
「自分が亡くなったあと、この自宅はどうなるか」
特に子が独立して戻ってくる可能性もないような場合には、考えざるをえません。
また、自宅以外にめぼしい財産がない場合。
将来、子が遺産の分け方でもめるかもしれません。
このような場合、いわゆる「清算型遺贈」という手法を使うことによって、将来の紛争予防は当然ながら、相続人には不動産ではなくお金を残してあげたい、といった自身の願いをかなえることができます。
なお、中には清算型相続や清算型遺言といった用語が使われますが、以下では清算型遺贈という用語を使用します。
2.清算型遺贈とは
清算型遺贈とは、遺産(基本的には不動産)を処分・換価して、諸経費を差し引いた残額を受遺者に相続させる(遺贈する)遺言のことをいいます。
たとえば、不動産を売却して、登記費用や不動産仲介手数料、税金などの経費を差し引いた残額が900万円とします。
受遺者を相続人である子の3人にしたとすると、その900万円を3人で分ける、とういことです(その分配割合は遺言で自由に設定できます)。
相続人が全員独立しており、自分の家を持っているような場合。
実家は相続したくないがお金は相続したい、ということもあるでしょう。
遺言者側からみると、自分亡きあとだれも住まない実家を残すよりは、お金として皆に与えたい。
清算型遺贈を行えば、これらを実現できるということです。
3.清算型遺贈、遺言書にはどう書く?
では、清算型遺贈をしたい場合、遺言書にはどのように書くのかですが、以下の要領になります(1つの文例です)。
「遺言者は、遺言執行者において、下記不動産を売却換価し、不動産仲介手数料、測量費用、登記費用その他本遺言執行に要した一切の費用を控除した残額をAに4分の1、Bに4分の2、Cに4分の1の割合で相続させる(遺贈する)」
4.相続人が実家を相続して売却することは?
もちろん、遺言によらずに、相続人が実家を相続、売却して、その売却代金を相続人で分ける方法もあります。
これを換価分割といいます。
換価分割について詳しくは<換価分割のポイント>
家を売って売却代金を分ける。
どちらも同じことなのでわざわざ清算型遺贈をする必要はないのではないか、と思うかもしれません。
しかし、この場合、以下のような不都合があります。
・相続人全員が遺産分割で合意する必要があるので、合意できない可能性もある
・相続人自らが相続登記や売却のための手続きを行う必要がある
特に、相続人自らが相続し、売却を進めていくとなると手続き的、精神的にかなりの負担、重労働になることが容易に予想されます。
ここで、清算型遺贈を内容とする遺言書を残しておけば後述のように遺産分割で合意ができるかどうかわからない、相続人自らが売却のための手続きをしなければならない、といった相続人側のリスクや負担、手間を避けることができます。
5.遺言執行者を指定
では、相続人はなぜそれらのリスクや負担、手間を避けることができるのか。
それは、清算型遺贈を内容とする遺言書を書く場合、あわせて遺言執行者も遺言で指定しておくためです。
指定された遺言執行者が、遺産を処分するために実際に動いたり、相続人にお金を渡したり、といった作業を担うことになります。
相続人のかわりにめんどうな手続きを一括して執り行ってくれるイメージです。
清算型遺贈の執行にあたっては専門的な手続きが必要となるため、遺言執行者には受遺者ではなく司法書士などの専門家を指定しておくとよいでしょう。
6.清算型遺贈において遺言執行者の仕事は
では、清算型遺贈において実際、遺言執行者は何をするか。
遺言執行の場面です。
以下は、不動産を売却して、その売却代金を遺言者の子どもに分配するケースです。
①法定相続分での相続登記
まず、遺言者が亡くなると、遺言執行者は法定相続分にしたがった相続人全員名義の相続登記をします。
たとえ、受遺者が相続人以外の者であったとしても法定相続分どおりの登記をします。
「どうせ売るのであればわざわざ相続人に名義を変更する必要はないのではないか」
「受遺者が相続人でないのであれば、相続登記をする意味はないのではないか」
このように思うかもしれませんが、不動産の所有権は相続開始と同時に相続人に移転し、その後売却により買主に移転する、といった過程をたどることになります。
所有権移転の流れを忠実に、登記上公示する必要があるので、まずは法定相続分での相続登記をしますが、この手続きは遺言執行者が行います。
②不動産売却のための準備
清算型遺贈の最終目標は処分して、その換価金を受遺者(相続人)に分ける、ということなので売却するための準備、手続きを行います。
遺言執行者は不動産屋ではないですから、不動産仲介業者に依頼することになるでしょう。
建物を取り壊して更地で売却するのであれば、解体業者の選別、依頼、測量が必要であれば測量会社へ、残置物を撤去しなければならないのであれば、リサイクル業者・・・。
その範囲は多岐にわたりますが、これらも遺言執行者が相続人の代わりにすべて行っていきます。
買主との売買契約、所有権移転登記
買主が見つかれば売買契約を行い、買主への所有権移転登記を行います。
登記上の名義は「被相続人→法定相続人→買主」という流れで移っていきます
受遺者は登記上は登場しません(ただし、受遺者が相続人であれば、法定相続分での登記のときには登場しています)。
売買契約も所有権移転登記も遺言執行者が行うので、相続人の方で必要な書面はなにもありません。
始めから終わりまで遺言執行者が売主の地位として手続きに関与するので、遺言執行者が関係書類に自身の実印を押して、印鑑証明書も準備のうえ手続きを進めていきます。
そして、諸経費や遺言執行者の報酬を差し引いた残額を、遺言書に書かれた割合にしたがって受遺者に分配していきます。
7.清算型遺贈の注意点
清算型遺贈にあたっては以下の2つに注意する必要があります。
①譲渡所得税
注意点の1つとしては譲渡所得税です。
売却により譲渡益がでれば譲渡所得税がかかってきます。
分配金を受け取った(利益を得た)受遺者が当然支払うことにはなりますが、この場合、形式的に過ぎなくとも登記上の名義人である法定相続人に課税されることがあります(逆にストレートに受遺者に課税される扱いもあります)。
その相続人が受遺者でもあれば特に問題はないでしょう。
分配金をもらっているから納税しなければならないという意識が働きます。
問題はその相続人が受遺者ではなく、分配金をもらえない立場であったらどうでしょうか。
1円ももらっていないのに、形式的な登記上の名義人であるということで譲渡税が課税される。
納得いくはずはありません。
そのため、譲渡税がかかるケースであれば、あらかじめ売却代金から譲渡税額も差し引いて(譲渡税額をプールしておいて)相続人に分配することが重要になってきます。
受遺者が法定相続人全員であるならば、全員に分配金を渡したのち、相続人の方で適宜申告してもらうことでもよいかもしれません。
もっとも、その場合であっても遺言執行者としては立場上、受遺者(相続人)に納税の有無や必要性について周知徹底し、納税管理を怠らないよう伝えることが重要となります。
②売却代金の受取先について
注意点の2つめは売却代金の行く末をきちんと定めているかどうか、です。
清算型遺贈の遺言を書いたはいいが、残額を分配する内容とはなっていない場合、清算型遺贈とは認められない可能性があるので、売却代金の受取先は必ず決めて記載しておく必要があります。
単に、遺産を売ったお金で債務を弁済してほしい、としか書かれていないものは清算型遺贈としては否定された裁判例もあるので要注意です。
8.まとめ
清算型遺贈が活用される場面としては、
・相続開始後、空き家になる可能性がある
・目ぼしい遺産が分けることのできない自宅しかないので、相続人がもめる可能性がある(預金など分けることができる遺産が少ない)
このような場合は、清算型遺贈を検討してもよいかもしれません。
清算型遺贈を活用すれば、不動産ではなくお金を残してあげたい、といった希望に応えられることでしょう。
遺言執行者の指定も非常に重要となってきますので、詳細は専門家に相談することをオススメします。