相談事例
父が3か月前に亡くなりました。
母は数年前にすでに亡くなっており、相続人は長女の私と長男の弟の2人です。
私たちは独立し、父とは別居していました。
父はアパートを借りていたのですが、先日、アパートの大家さんから、「亡くなってから現在まで3か月分の賃料30万円を、相続人であるあなたに払ってほしい」と言われました。
たしかに、亡くなってから現在までアパートの賃貸借契約は解約されておらず、契約は継続中の状態だったようです。
私たちは、別に自宅を所有しており、実際にそのアパートに住んでいるわけではありませんし、今後も住むことはありません。
そのため、賃料を支払う必要はないのではないか、と思っているのですが、実際はどうなのでしょうか。
もし支払わなければならないのであれば、私たちが半分ずつ支払えばよいのでしょうか。
1.賃借権も相続される
賃借権も財産権の一種であるため、当然に相続人に相続されます。
つまり、貸主、借主の立場を問わず賃貸借契約上の地位は相続されます。
たとえば、賃貸契約の当事者である夫が死亡したとしても、同居していた妻は相続人として「賃借人の地位」を相続することになるため、大家から、
「契約者は亡くなったから出ていってくれ」
と退去を要求されたとしても拒否することができます。
2.借主の地位の相続
相談事例のように、借主が死亡した場合、その借主の相続人が、その賃貸借契約上の借主としての地位を相続します。
相続人が遠方に住んでいたとしても、また、一度もそのアパートに住んだことがなかったとしても、当然に借主の地位を相続します。
契約上の地位を相続するということは、借主の賃料支払い義務も相続します。
したがって、相談事例では、大家から賃料を請求された場合、たとえ一度も住んでいなくとも相続人は賃料を支払う必要があります。
ここで、支払う必要があるということを前提に、
「賃料は各相続人が法定相続分にしたがって支払うことでよいのか」
それとも
「各人がそれぞれ賃料の全額を支払う義務を負うのか」
という問題が出てきます。
3.相続開始「前」の賃料
被相続人が死亡する前からすでに賃料が未払いになっていた場合、その未払い分については、各相続人が法定相続分にしたがって、支払う義務を負います。
これを分割債務といい、この場合、通常の金銭債務を相続したのと同じように考えます。
金銭債務は分割することができるため、法定相続分にしたがって、事例では各2分の1の割合で長女と長男が15万円ずつの支払い義務を負うことになります。
たとえば、同居している相続人(賃貸契約当時者ではない)がいたとしても、貸主はその者に賃料全額を請求できず、各相続人に対して相続分にしたがって請求できるに過ぎません。
4.相続開始「後」の賃料
一方、相続開始後、解約までに発生した賃料については、前述とは考え方が異なります。
相続開始後においては、各相続人がそれぞれ全額を支払う義務を負います。
なぜかというと、部屋を貸して使用させる対価として、借主からは賃料が支払われますが、その部屋を貸して使用させる義務は不可分なものです。
不可分、なので分けることができる性質のものではありません。
建物全体を不可分的に利用している。
そして、その不可分なものの対価として支払われる賃料についても性質上、不可分となります(これを不可分債務といいます)。
不可分となるため、可分(分割)して支払うことはできません。
そのため、長女と長男は、それぞれが賃料全額を支払う義務を負うことになります。
相談者である長女が大家から30万円全額を請求された場合、「法定相続分である2分の1しか支払わない」といった主張は通じません。
長男が全額30万円を支払えば、賃料債務は消滅します。
仮に長男、長女それぞれから全額の支払いを受けたのであれば、当然、30万円分については不当利得として返還義務を負います(大家が各人から30万円ずつ、計60万円を受け取ることはできません)。
なお、自分の法定相続分にあたる15万円を超える30万円を長男が支払ったとした場合、長女が負担すべきだった15万円について、長男は長女に請求でき、これを「求償権」といいます。
債権者などの外部的な関係では全額負担しなければなりませんが、相続人の内部的な関係ではあくまで各相続人が法定相続分にしたがって負担するものなので、払い過ぎた相続人は他の相続人に返還請求(求償)できるのです。
5.賃貸借契約の解約
賃料の支払い義務は、上述のとおりですが、そのままにしておくと、契約期間が満了するまで賃料が発生し続けるため、貸部屋を使用しないのであれば賃貸借契約を解約する必要があります。
この場合、賃貸人と相続人の全員で(もしくは遺産分割協議で相続した相続人と)解約の手続きを行う必要があります。
解約を望むのであれば、速やかに手続きをすることです。
なお、賃貸借契約を解約すると、場合によっては相続放棄ができなくなるので、相続放棄を検討している場合は注意を要します。
6.賃貸借契約を解約しない場合は
相談事例のパターンとは異なり、賃借人の地位を相続し、賃貸借契約を解約しないで、その貸部屋に相続人が住む場合。
その場合は、従前の契約内容にしたがって、賃借人(相続人)は使用していくことになります。
つまり、わざわざ契約書を書きかえ、作り直す必要はありません。
ただ、契約関係や当事者を明確にしておくために、あらためて大家と相続人の間で賃貸借契約書を取り交わすことをオススメします。
7.相続人がだれもいない場合は?
相談事例では相続人が存在しますが、仮に相続人が1人もいないとすると。
被相続人に内縁配偶者や、縁組届はしていないが事実上養親子関係と同様の関係にあった同居人がいた場合は、それらの者が賃借人の権利義務を承継します。
したがって、それらの者が賃料支払い義務を負います。
ただし、内縁配偶者などの同居人が賃貸借関係を承継しない意思表示をした場合は、承継しません。
大家は賃料を請求することができず、結果として賃料は未収となってしまいます。
8.まとめ
賃借権も財産権であるため、相続の対象となり、賃貸借契約上の地位は相続人の意思にかかわらず当然に相続されます。
賃貸借契約上、借主の賃料支払い義務は貸主の部屋を使用させる義務と並んで最も重要な部分といえます。
そして、相続人は貸部屋に住んでいる、住んでいないを問わず、その貸部屋の賃料を支払う義務を相続してしまうので、賃借権を相続した場合は(住む場合は別として)、早急に解約などの対応を取る必要があります。