1.相続分の譲渡
被相続人が死亡すると、(遺言がない限り)法定相続分にしたがって相続人が遺産を相続します。
この法定相続分ですが、実は譲渡することができ、「相続分の譲渡」といいます。
この相続分の譲渡、遺産分割が成立するまでであれば、自己の相続分を他の相続人もしくは相続人以外の第三者に譲渡することができる制度です。
遺産分割が成立した後は譲渡できません。
譲渡人となる相続人が相続した財産を譲渡するわけではなく、相続人の地位がそのものが譲渡されます。
譲渡人と譲受人の間の合意でされ、他の相続人の同意・承諾はいりません。
まったくの第三者にも譲渡できることに特徴がありますが、実務上、他の相続人に譲渡されることがほとんどです。
相続分の譲渡を受けた者は、譲渡された分の相続分を取得します。
この譲渡ですが、有償(対価を得る)でも、無償(タダ)でも構いません。対価を得ても、タダであげても成立します。
一部譲渡は?
相続分の一部譲渡も可能です。
この一部譲渡とは、割合的なものをいいます。
たとえば法定相続分2分の1のうち、その2分の1を譲渡(つまり4分の1を譲渡)する、といったことです。
そのため、相続した特定の財産(不動産や金銭)の相続分を譲渡する、といったように個々の、特定の財産についてだけを取り上げて譲渡することはできません。
2.譲渡人の地位
譲渡人は、相続分の譲渡の結果、相続人としての地位を失い、当事者から外れます。
たとえば、譲渡後は遺産分割協議に参加することができなくなります。
譲渡人が参加した遺産分割は原則、無効となります。
当事者以外の者が遺産分割に参加した場合の効果について、詳しくは<相続人ではない者が参加した遺産分割は絶対に無効?>
3.譲受人の地位
一方で、譲受人は遺産分割に参加する必要があります。
譲受人を除外してした遺産分割は無効です。
たとえ、相続人以外の第三者が譲受人であったとしても、その者は遺産分割に参加しなければなりません。
4.相続分の譲渡を行う目的、メリットは?
相続分の譲渡がされる目的やそのメリットは以下のとおりです。
◆相続人の人数が多い
相続人の人数が多いほど、遺産分割が合意に至るまで時間を要する場合があります。
また、各相続人の居住地が遠隔地に分散していれば、それだけ円滑に進めることができません。
その場合、他の相続人に相続分を譲渡すれば相続人を集約することができ、結果的に遺産分割を早期に終えることが期待できます。
◆遺産分割に参加したくない
前述のとおり、譲渡人は遺産分割に参加する必要がなくなるため、何らかの事情で遺産分割に参加したくない場合、相続分の譲渡がされることがあります。
◆遺産争いに巻き込まれたくない、解放されたい
譲渡人は遺産分割に参加する必要がないため、遺産争いが想定されるのであれば、早々に譲渡してしまって当事者から脱退することがあります。
また、すでに紛争化しているのであれば、譲渡により離脱できるため、遺産分割(争い)から解放されます。
◆特定の相続人に遺産を集中させたい
譲渡した相続分は譲受人に移転しますので、特定の相続人に持分を集中させたい場合に有用です(実質的には遺産分割と同様の効果)。
◆相続分を有償で譲渡して、自己の相続分に相当するお金を得たい
遺産分割が成立するまでに時間がかかりそうであれば、早々に相続分を有償で譲渡して、相続分に相当するお金を取得しておきたい場合です。
5.相続放棄ではダメ?
相続分の譲渡に似たようなものとして相続放棄があります。
相続放棄した相続人は、はじめから相続人ではないといみなされ、当事者から外れ、当然、遺産分割にも参加できません。
そのため、遺産分割から離脱したい、関与したくないといった理由で相続放棄がされる場合があります。
それでも相続分の譲渡をしようとする理由。
相続放棄をすると一切の財産を相続できませんが、相続分の譲渡を有償で行えば、ある一定の対価を得ることはできます。
相続分に相当する金銭をもらい、相続分を他の相続人に譲渡する場合もあります。
6.債務もいっしょに譲渡される?
この相続分の譲渡ですが、最高裁は、プラスの財産に限らずマイナスの財産を含めた包括的な相続財産全体に対して持分が移転あるいは法律上の地位が移転する、と述べています。
平たく言えば、プラスの財産に限らず、マイナスの財産(借金の支払い義務や借主としての地位)についても相続分の譲受人に移転するということです。
借金などの債務も相続分にしたがって譲受人に移転するのです。
もっとも、相続分の譲渡は債権者の関与していないなかで行われることから、譲渡人は債権者との関係では債務を免れることはできません。
譲渡人が、「相続分を譲渡したのだからもう債務は負っていない。譲受人に請求してほしい」と債権者に主張することはできず、債権者からの請求を拒むことはできません。
一方、債権者としては、譲渡人、譲受人いずれに対しても履行を請求できます。
7.税金関係は?
相続分の譲渡によって税金はかかるか。
税金関係は以下のパターンで変わってきます。
他の相続人に譲渡した場合
無償であっても贈与税はかかりません。
相続人以外の第三者に「有償」で譲渡した場合
譲渡人に譲渡益(譲渡によって利益を得た)が発生していれば譲渡所得税が場合によってはかかります。
相続人以外の第三者に「無償」で譲渡した場合
譲受人に対して贈与税がかかります。
8.取戻すことはできる?
相続分の譲渡を行う場合、他の相続人の同意・承諾などは不要です。
第三者に譲渡する場合であっても不要なため、相続人以外の第三者が相続関係人となることもあります。
譲渡を受けた第三者は遺産分割に参加する必要がありますが、他の相続人としてはまったく関係のない人物が遺産分割に加わることに当然ながら大きな抵抗があるでしょう。
そこで、他の相続人は、相続分が譲渡されてから1か月内であれば、その価額を支払うことによって相続分を取戻すことができます。
これを「取戻し権」といいます(なお、第三者が遺産分割に関与することを回避するための権利であるため、他の相続人に対して相続分が譲渡された場合は、取戻し権は認められません)。
無償で譲渡されていたとしても、取戻し権行使時の相続分の価額を支払う必要があります。
「タダで受け取ったのだからタダで返せ」ということはできません。
9.相続分の譲渡がされた場合の登記はどうなる?
相続分の譲渡がされた場合の登記関係ですが、以下のとおり場合分けが必要になってきます。
相続登記がまだ未了の場合
<他の相続人に譲渡した場合>
共同相続人に対して相続分の譲渡がされた場合、相続登記が未了であれば、相続分の譲渡を反映した登記をそのまますることができます。
<相続人以外の第三者に譲渡した場合>
一方で、相続人以外の第三者に相続分の譲渡がされた場合、相続登記が未了であれば、まずは譲渡人も含めた相続人全員名義に相続登記をし、次いで譲渡人の持分を譲受人に移転する必要があります。
また、その後、遺産分割協議で第三者である譲受人が単独で相続することになった場合は、遺産分割を原因として他の相続人の持分を譲受人に移転します。
相続登記がすでに完了している場合
<他の相続人に譲渡した場合>
共同相続人に対して相続分の譲渡がされたが、すでに相続登記が完了している場合は、相続分の贈与(もしくは相続分の売買)を原因として譲渡人の持分を譲受人に移転する必要があります。
<相続人以外の第三者に譲渡した場合>
相続登記がすでに完了しているなかで、相続人以外の第三者に相続分の譲渡がされた場合は、相続分の贈与(もしくは相続分の売買)を原因として譲渡人の持分を譲受人に移転する必要があります。
また、その後、遺産分割協議で第三者である譲受人が単独で相続することになった場合は、遺産分割を原因として他の相続人の持分を譲受人に移転する必要があるのは相続登記が未了の場合と同様です。
10.相続分譲渡証書
相続分の譲渡は口頭でも効力は生じますが、通常は相続分譲渡証書を作成します。
登記など相続手続きに際し、必要になってくるからです。
譲渡人は実印を押して、印鑑証明書が必要になってきます。譲受人の印鑑は認印、実印どちらでも構いません。
<相続分譲渡証書の記載例>
11.まとめ
相続分の譲渡は、実務上それほど行われませんが、一定のメリットもあるため場合によっては選択肢に入ることもあります。
中でも、
「遺産争いに巻き込まれたくない」
「遺産分割に関与したくない」
といった理由で選択されることが多いように感じます。
相続分の譲渡がされた場合、特に相続登記の場面での名義変更手続きにおいては専門的になってくるため、相続分の譲渡を検討しているのであれば専門家に相談することをオススメします。