被相続人が死亡し、遺産分割協議を相続人全員で行う場合、相続人の中に海外に在住している者が含まれている場合があります。
以下では、相続人が海外に在住している場合の遺産分割協議書の扱いや留意点について解説します。
1.遺産分割協議は相続人全員で
遺産分割協議は相続人全員で行う必要がありますが、相続人全員がその場に一堂に会して一斉に話し合うことまでは必要ではありません。
もちろん、相続人が一堂に会する場で、遺産分割協議を行う方法もありますし、遺産分割協議書を各人に送り、順次、署名押印をもらう方法などいくつかあります。
2.相続人が海外にいても無視できない
現在においては国際結婚や海外赴任、海外語学留学など海外で生活することは一般化してきました。
したがって、相続人が海外にいるケースは全体的にみると件数としては多くはありませんが、決して珍しいことではありません。
そのような場合であっても、当然、海外在住者も相続人である以上、遺産分割協議に参加することが必要です。
海外にいるから協議することが難しいといって、その者を無視、除外してされた遺産分割協議は無効となります。
3.印鑑制度は世界でもごく一部
日本には古くから印鑑文化があり、役所に書類を提出する場合、会社に書類を提出する場合、家や車を買う場合、など様々な書面に印鑑を押す場面は多くあります。
しかし、世界では印鑑文化のない国がほとんどです。
欧米はもちろん印鑑文化はありません。
一方で、アジアをみても、現在の中国では印鑑自体はありますが、日本のような印鑑制度、印鑑を押す習慣は実はありません。
韓国においてはハングルは字数が少ないため、偽造されやすいことなどを理由に、数年前に印鑑制度は段階的に廃止されました。
いまや印鑑制度が残っており、日常的に印鑑を使っている国は世界でも日本と台湾くらい、と言われています。
4.印鑑証明書はどうするか
前述のとおり、印鑑制度は世界的にも珍しいため、当然、印鑑制度がない国に住んでいるケースがほどんどでしょう。
そして、日本に住んでおらず、日本に住民登録もない場合は、日本で海外在住者の印鑑証明書が発行されることありません。
相続人の実印、印鑑証明書を要求することができないケースがほとんどです。
そこで、印鑑に代わるものが必要になってきます。遺産分割協議書には必ず相続人全員の実印と印鑑証明書が必要になるからです。
5.実印、印鑑証明書に代わるものとしてのサイン証明書
遺産分割協議書に押す実印、印鑑証明書に代わるものとしては「サイン(署名)証明書」があります。
これは、現地の日本領事館や大使館に出向いて、遺産分割協議書に海外在住者のサインを領事の面前ですると、そのサインを「確かにその相続人自らがサインをしたものに間違いがない、その相続人の自書で間違いない」として証明してくれます。
このサイン証明書が実印、印鑑証明書の代わりになるのです。
なお、サイン証明書の有効期限ですが、登記に使う場合はありません。
金融機関に提出する場合は一般的に3か月もしくは6か月の期限がありますので、各提出先に確認する必要があります。
6.サイン証明書には2パターンある
そのサイン証明書、2つのパターンがあります。
①単独型
日本の印鑑証明書のように、独立した紙にそのサインが本人のものに間違いない旨が記載されているものです。
まだ書類ができあがっていない段階で、あらかじめ、今のうち準備しておく、といった場合に取得されることが多いです。
②一体型
遺産分割協議書などの証明してほしい書面に面前でサインをし、その遺産分割協議書にされたサインが確かに本人のサインで間違いない旨を証明したもので、遺産分割協議書に合綴(ホチキスどめ)されます。
こちらの方が①に比べ証明力は高いですが、面前でのサインを要し、また、証明書が合綴される関係上、サインをする書類そのものが完全にできあがっていない限り利用はできません。
どちらを利用すればよい?
相続登記にあたり、法務局に添付する遺産分割協議書とサイン証明書については、法務局は証明力の高い②一体型を求める傾向にあります。
「求める傾向」とは、どういうことかというと、実は①、②のどちらが必要かは法律上・先例上、明確に決まっているわけではなく、登記申請する法務局によって取り扱いが異なるのです。
①を認めない法務局に①の方法で登記申請したことによって、登記が認められず再度、相続人に領事館に行ってもらうハメになるかもしれません。
そのため、遺産分割協議書の内容に不動産の取得が含まれているのであれば、できる限り②を利用することをオススメします(金融機関に遺産分割協議書を出す場合は、①、②どちらでも問題ない印象です)。
7.住所証明書に代わるものとしての在留証明書
ちなみに、海外に在住している者の住所は日本の住民票上どのようになるか。
日本でその者の住民票を取得してもそこには国名が書かれているだけです。
番地やマンション名など具体的な住所は書かれていません。
日本に住民登録していないため、当然と言えば当然です。日本の公的書面である住民票には記載されてきません。
そこで、海外在住者の住所を具体的に証明する方法としては、「在留証明書」というものがあります。これも現地の日本領事館や大使館で取得できます。
この在留証明書には、海外在住者の住所が具体的に記載され、たとえば、相続登記で法務局に提出する場合には住民票の代わりとして使うことになります。
8.一時的に日本に帰国している場合は
海外に居住しているが、一時的に帰国しているといった場合もあるでしょう。
その際に印鑑証明書などを取得してしまえば面倒な手続きはいらなくなるのではないかと考えがちですが、住民登録がない場合は印鑑証明書は取得できません。
このような場合は、日本の公証人に認証してもらう方法があります。
つまり、公証人の面前で遺産分割協議書にサインし、前述のように「確かに本人の自書に間違いないこと」を証明してもらうのです。
これが、サイン証明書として印鑑証明書と同様の効果を発揮します。
ただし、住所を証明する書面として、在留証明書が必要なケース(相続登記手続きなど)では、別途、海外居住地の領事館などで在留証明書の取得が必要になります。
9.まとめ
海外在住者がいる場合の相続手続きは、金融機関や役所など、手続き提出先によって対応がまちまちの場合がありますので、その都度、関係各所に確認しながら進める必要があります。
サイン証明書や在留証明書は一般的な書面ではなく、日本における印鑑証明書のように気軽に取得できるものではありません。
国土の広い国では、大使館や領事館が近くにない場合があります。それこそ飛行機に乗って出向く必要があり、「書類の不備で取得できなかった」となると、かなりの徒労に終わります。
また、国によっては取得方法などが特殊な場合もあります。
いざ相続手続きを行うときに、サイン証明書などの不備を指摘され、再度取り直しとならないように、相続人の中に海外在住者がいる場合は専門家に相談されることをオススメします。