2020年4月1日から、配偶者居住権の制度が施行されました。
詳しくは<配偶者はそのまま住み続けられる?配偶者居住権とは>
1.建物全部を使用収益できる
この制度により、配偶者の保護がより厚くなることが期待されますが、この権利の特徴の1つとして、建物全部を使用・収益することができます。
たとえ被相続人の生前、配偶者は建物の一部分のみしか使用していなかったとしても、配偶者居住権は建物全部について成立しますので、配偶者は建物全部を使用・収益できます。
必要な部分だけに成立でも良い気もしますが、これは、仮に一部分(使用していた部分)だけに成立することになると、配偶者居住権の設定登記をする場合、登記手続き上、建物の一部分についてだけ登記をすることができないため、「建物全部」を対象とします。
配偶者が実際にどの部分を、どの部屋を使用しているかを登記で公示することが技術的に難しい、というのが理由です。
2.アパートに配偶者居住権が成立したら?
上述のとおり、配偶者居住権により配偶者は当初から建物全部を使用していなくても、建物全部を使用することができます。
ここで問題となるのは、区分所有建物ではないアパート(※)の場合です。
(※分譲されているものではなく、1棟全体をオーナーが所有し、各部屋を貸し出しているアパートとイメージしてください)
建物1棟を被相続人が所有しており、被相続人の生前からその内の一部の部屋を第三者に賃貸している。
そして、被相続人自身は数室ある内の1室を居住スペースとして、配偶者と住んでいたとします。
賃貸アパートに大家も住んでいる、というのはよくあるパターンかと思います。
そのようななか、被相続人が亡くなり、配偶者が配偶者居住権を遺贈や遺産分割などで取得したとしましょう。
ここで、配偶者は、賃借人に対して配偶者居住権を主張し、対抗できるかどうか。
たとえば、配偶者居住権を取得したことを理由にして部屋の明け渡しの要求ができるかどうかですが、配偶者居住権の設定登記をしたとしても賃借人に対抗することはできないため、そのような要求は認められません。
建物賃貸借の対抗要件は、「建物の引き渡し」です。
つまり、賃借人は、その部屋の鍵の引き渡しを受けた時から自分の賃借権を主張し、対抗することができます。
そのため、配偶者は、もともと住んでいる賃借人に対して、そのあとに成立した配偶者居住権を主張し、対抗することはできない。
したがって、配偶者居住権により建物全部を使用することができることを根拠に退去を求めることはできません。
建物全部を使用・収益できるとはいっても、実際にはそうならないケースもあるということです。
3.配偶者居住権成立後の賃借人の立場は?
一方で、配偶者居住権が成立する前からいた賃借人が退去した場合に新たな問題が出てきます。
つまり、当初からいた賃借人が転勤、引っ越しで賃貸借契約を解約する場合や期間満了などで退去した、とします。
賃貸借契約の解約、期間満了により、配偶者居住権より前に成立していた従来の賃借権は当然消滅します。
そして、その後、建物所有者が部屋の貸し出しを募集して、無事貸すことができたので入居者に鍵を引き渡した。
しかし、新たに入居する借主が取得する賃借権は、配偶者居住権の登記に劣後してしまいます。
配偶者居住権が賃借権に優先する、ということです。
そうなると、建物所有者は、第三者に部屋を貸し出すには、その配偶者の承諾などが必要になってくるのか、という問題が出てきます。
配偶者居住権は、平たく言えば配偶者の居住権を確保しつつ、あわせて老後の生活資金も確保しようとする制度なので、配偶者にそこまでの強い権限を与えてもよいのかといった話になります。
できたばかりの制度のため、この制度や問題が今後、実務でどのように進んでいくか、解決するかがまだ不確かなところです。
特に、建物所有者はこのような問題にどうやって対処していくかを検討しなければならないところです。
4.賃料は請求できる?
賃料については、建物所有権を相続した者が賃貸借契約上の地位(貸主としての地位として賃料請求権や使用させる義務、修繕義務など)も相続することが通常であるため、建物所有者が賃料を請求することになります。
そのため、配偶者が、配偶者居住権により建物全部を使用・収益することができることを根拠に、賃料を請求することはできないと考えられます。
5.まとめ
建物全部を使用・収益できるといっても、上述のように区分所有建物ではないアパートの場合には様々な問題点が出てきます。
今後の実務の運用にゆだねられますが、配偶者居住権を取得した配偶者と賃借人との法律関係など、状況次第では建物所有者や賃借人の地位が不安定になってくる可能性もあります。