
相談事例
先月夫が亡くなりました。遺産は自宅とわずかな預貯金です。
相続人は妻の私と、長男の2人だけです。
自宅について、今後どうしていくかを話し合うことにしましたが、同居の長男が「忙しいから」「いま都合が悪い」などといい、ずっと先延ばしになっていました。
ところが、その長男から自宅の名義を夫から長男にすでに移しており、今後は売却する予定だと言われました。
長男は、自宅の売却代金をもとに今後は私ともどもマンションを借りて住むと言っていますが、住み慣れた家を離れたくはありません。
1.勝手に名義変更?
不動産の所有者が亡くなった場合には名義変更、つまり相続登記をすることになります。
この相続登記には、
・法定相続分で相続人全員名義の登記をする場合
・遺産分割により、特定の相続人名義に法定相続分とは異なる相続分で登記するなど、遺産分割の内容を反映した登記をする場合
があります。
しかし、中には遺産分割をした覚えがないのに相談事例のように、
「特定の相続人名義になっている」
といったことがありますが、その原因は、おそらく実印と印鑑証明書を(勝手に)使われてしまったということが考えられます。
家族であれば、実印の保管場所を知っているかもしれませんし、実印と印鑑カードをセットで保管していることもあるのではないでしょうか(印鑑カードがあれば、委任状などがなくても印鑑証明書を取得できます)。
また、近しい家族であれば相続登記に必要となる戸籍謄本関係もすべて取り揃えることができます。
ある相続人が、他の相続人の実印の保管場所を知っていることにより、思い通りの遺産分割協議書ができあがってしまうおそれがあるのです。
実印を押して、印鑑証明書を添付すれば、悪用した相続人の思い通りの登記名義ができあがります。
特に同居相続人の間で、このようなことが起きる可能性があります。
相談事例では、長男が勝手に母親の実印を使用して、あたかも有効な遺産分割協議書を作りあげたうえ、長男名義に相続登記をしてしまい、さらには第三者に自宅を売却してしまおうということです。
2.実印と印鑑証明書(印鑑カード)は別々に保管
実印と印鑑証明書はセットとなります。実印を押していたとしても、印鑑証明書がなければ手続きはできません。
したがって、実印と印鑑証明書(印鑑カード)は別々の場所に保管しておくことをオススメします。
また、定期的に保管場所を変えるなどの対応も有効でしょう。
3.遺産分割無効確認を求める調停(訴訟)
母親としては、されてもいない遺産分割協議について争うことができます。
そもそも遺産分割協議自体がされていないということで、遺産分割不存在確認調停(訴訟)を求めることになります。
なお、遺産分割協議に相続人ではない者が当事者として参加した場合や一部の相続人を除外してされた場合、遺産分割協議が詐欺・強迫などによりされた場合は、遺産分割無効確認となります。
4.まとめ
相続人の実印と印鑑証明書があれば、遺産分割協議書はできあがります。
法務局はわざわざ遺産分割協議書に署名押印している各相続人に意思確認はしません。申請書とその添付書面がちゃんと揃っていればそのとおりの登記がされます。
相談事例のようなケースは非常にまれではありますが、実印などの盗用により、勝手に相続登記がされてしまうこともありますので、実印と印鑑証明書(印鑑カード)の保管場所は家族だと言っても安易に教えたり、預けたりしないことです。